いすゞの117クーペは、美しいスタイリングと独特の存在感によって、現在も多くの旧車ファンから支持されている名車です。
「どんな車だった?」「なぜ今でも評価されている?」「デザインは誰が手がけた?」と気になっている方も多いのではないでしょうか。
117クーペの大きな特徴が、イタリアのデザイナー、ジョルジェット・ジウジアーロが手がけた流麗なデザインです。1966年にプロトタイプが発表され、1968年に市販モデルが登場しました。
初期には手作業で組み立てられたハンドメイド・モデルが存在し、その後は量産化されながらも特徴的なデザインが受け継がれています。また、美しさだけでなく、4人乗りクーペとしての実用性や走行性能にもこだわって設計されていました。
この記事では、いすゞの117クーペとはどのような車なのか、誕生の歴史やジウジアーロによるデザイン、ハンドメイド期と量産期の特徴、スペック、長年にわたって名車として愛されている理由まで詳しく解説します。
1966年ジュネーブで世界を驚かせた「走る彫刻」の誕生

1966年3月、ジュネーブ・モーターショーの会場に一台のプロトタイプが現れました。
ギア/いすゞ117スポルトと名付けられたこの車は、当時のどの量産車とも異なる佇まいを持っていたんです。
会場では「コンクール・デレガンス賞」を受賞。
その後、イタリアで開催された国際自動車デザイン・ビエンナーレでも名誉大賞を獲得しています。
でも、この時点ではまだ「美しいプロトタイプ」という評価に留まっていました。問題はここからです。
いすゞは量産化を決断しましたが、ジウジアーロのデザインをそのまま再現することは技術的に困難だったんですよね。
プロトタイプから量産への壁、デザインを守るための妥協点
ハンドメイド・モデルとして1968年12月に発売された初期型は、文字通り手作業で組み立てられていました。
ステンレス製のウインドウガーニッシュは半分だけヘアライン仕上げが施され、職人が一台ずつ磨き上げていたんです。
- 手作業での組み立て
- ヘアライン仕上げ
- 一台ずつ磨き上げ
- 量産を犠牲にした品質
こうした手仕事の積み重ねが、工業製品でありながら工芸品のような佇まいを生み出していました。大量生産の時代にあって、極めて異例の製造方針だったと言えます。
生産効率は極めて悪かったです。
でも、いすゞはデザインの完成度を優先しました。量産化のために形状を簡略化することは、ジウジアーロの設計思想を損なうと判断したんですよね。
この判断が、117クーペを単なる「美しい車」から「デザイン哲学の結晶」へと押し上げました。
ジウジアーロがカロッツェリア・ギアで手がけた最後の仕事
117スポルトはジウジアーロがカロッツェリア・ギアに在籍していた時期の作品です。
その後、彼は独立してイタルデザインを立ち上げますが、117クーペの量産指導はイタルデザインの初仕事となりました。
つまり、この車はジウジアーロのキャリアの転換点に位置する作品なんです。
ギア時代の集大成であり、イタルデザイン時代への橋渡しでもある。そういう意味で、彼のデザイン哲学が最も純粋に表現された一台ですね。
- プロトタイプ制作
- 独立・起業
- 量産指導担当
- 設計思想の継承
こうした経緯により、プロトタイプの設計思想が量産車にも引き継がれました。
デザイナー本人が両方の工程に関わった例は珍しく、117クーペの美しさを支える土台になっています。
カロッツェリア・ギアが提案した日本車初の本格グランツーリスモ

117クーペは日本で初めて「グランツーリスモ」という概念を具現化した車でした。
当時の日本車は実用性を重視した設計が主流で、長距離を優雅に走るための車という発想自体が珍しかったんです。
グランツーリスモとは、高速道路を長時間巡航しても疲れない快適性と、それでいてスポーツカーとしての走行性能を両立させた車のことを指します。ヨーロッパでは1950年代から存在していたジャンルですが、日本で本格的に取り組んだのは117クーペが最初でした。
この車の設計思想を理解するには、「優雅さ」と「スポーツ性」という相反する要素をどう融合させたかを見る必要があります。
4座クーペとしてのパッケージング、実用性を犠牲にしなかった設計
117クーペは4人乗りのクーペです。
当時のスポーツカーは2座が主流でしたが、この車は後部座席にも大人が座れる空間を確保しました。
でも、ただ広くしただけではないんです。
ホイールベースは2500mmと、クーペとしては余裕のある設定。
これにより後部座席の足元空間が確保され、長距離移動でも後席乗員が苦痛を感じない設計になっています。
- ホイールベースを2500mmに設定
- 後部座席の足元空間を優先
- ガラス面積を大きく取り開放感を演出
- 細いピラーで視界を確保
実用性を確保しながら、視覚的な美しさを損なわない。
この両立がグランツーリスモとしての完成度を高めました。
最高速度195km/hを実現したエンジン性能とシャシ設計
117クーペの初期モデル、特に1800XEは最高速度195km/hを公称していました。当時の日本車としては驚異的な数値です。
エンジンはG180WE型、1817ccの直列4気筒DOHCで、最高出力は140ps。1975年以降の排ガス規制対応モデルでは130psに抑えられましたが、それでも十分なパワーを持っていました。
- G180WE型DOHC
- 最高出力140ps
- 最高速度195km/h
- 排ガス規制後130ps
このスペックは当時の国産スポーツカーと比較しても突出していました。
高速巡航時の余裕あるパワー感が、長距離ツアラーとしての適性を支えていたわけです。
シャシはフローリアンと共有していますが、これは保守的な設計です。前輪がダブルウィッシュボーン、後輪がリーフスプリング+リジッドアクスル。
スポーツカーとしては古典的な構成ですが、長距離巡航の快適性を優先した結果でした。
スポーツ性よりもツアラーとしての性能を重視する。
この判断が、グランツーリスモとしての性格を明確にしています。
117クーペのボディラインに隠された、イタリアンデザインの黄金比率

ジウジアーロが117クーペに込めたデザイン哲学は、一言で言えば「静止しているのに動いて見える」ことでした。これを実現するために、彼は視覚的な運動エネルギーという概念を駆使したんです。
具体的には、車体全体に「うねり」を入れることで、光と影のコントラストを生み出し、見る角度によって表情が変わる造形を作り上げました。これがイタリアンデザインの特徴であり、117クーペの美しさの核心です。
フェンダーの「うねり」が生み出す視覚的な躍動感
117クーペを横から見ると、前後のホイールアーチに呼応してフェンダーがうねっているのがわかります。このうねりは単なる装飾ではなく、視覚的な運動エネルギーを生み出すための計算されたラインなんです。
フェンダーのうねりは、車が前進する動きを連想させます。静止していても、このラインが視線を前方へと誘導するため、止まっているのに走っているような錯覚を生むんですよね。
- ホイールアーチと呼応
- 視線を前方へ誘導
- 静止状態でも躍動感
- 運動エネルギーの視覚化
こうした効果は、曲面の角度や膨らみの位置が緻密に設計されているからこそ実現しました。光の当たり方によって表情を変えるフェンダーラインは、見る角度ごとに新しい発見を与えてくれます。
これは1960年代のイタリアンデザインに共通する手法でした。ジウジアーロはこの手法を117クーペに応用し、日本車としては初めて本格的な「動的デザイン」を実現しました。
ザンザーラから受け継いだホイールアーチの造形美
フェンダーのうねりは、ジウジアーロが以前手がけたレーシングカー「ザンザーラ」に由来します。ザンザーラは「虫」を意味するイタリア語で、小型レーシングカーの俗称として使われていました。
ザンザーラのホイールアーチは、タイヤの動きに合わせて膨らみを持たせた造形が特徴でした。
この造形を117クーペに応用することで、レーシングカーの躍動感とグランツーリスモの優雅さを融合させたんです。
ホイールアーチの膨らみは、タイヤが地面を蹴る力を視覚化したものと言えます。静止していても、この膨らみが車の持つ潜在的なエネルギーを感じさせる効果を生んでいます。
細いピラーと大きなガラス面積が実現した開放的な室内空間
117クーペのピラーは、当時の量産車としては異例の細さです。
特にAピラーとCピラーは、構造的な強度を保ちながらも視覚的な軽さを優先した設計になっています。
ガラス面積が大きいため、車内は明るく開放的です。
これはクーペとしては珍しい特徴で、通常クーペは閉鎖的な空間を好む傾向がありますが、117クーペは逆のアプローチを取りました。
- Aピラーを細くして前方視界を確保
- Cピラーを細くして後方視界を改善
- ガラス面積を大きく取り室内を明るく
- 開放感とクーペの優雅さを両立
開放感を持たせることで、長距離移動での疲労を軽減する。
この設計思想が、グランツーリスモとしての完成度を高めています。
半分だけヘアライン仕上げのステンレスモールに込められた職人技
117クーペのドリップモール兼用ステンレス製ウインドウガーニッシュには、半分だけヘアライン仕上げが施されています。これは量産車としては極めて珍しい処理で、職人が一台ずつ手作業で磨いていました。
なぜ半分だけなのか。
これは光の反射をコントロールするためです。
全面ヘアライン仕上げにすると光が拡散しすぎて締まりがなくなり、逆に全面鏡面仕上げだと反射が強すぎて目立ちすぎる。
半分という絶妙なバランスが、上品な輝きを生んでいるんです。
- 半分ヘアライン仕上げ
- 光の反射を調整
- 全面鏡面は反射過多
- 全面ヘアラインは締まり不足
- 一台ずつ手作業
この意匠処理により、ステンレスモールは角度によって表情を変えます。
見る位置や光の当たり方で微妙に輝きが変化し、ボディラインに奥行きを与える効果があるわけです。
この処理は手間がかかりますが、いすゞは量産化後もこの仕様を維持しました。
デザインの完成度を守るために、コストよりも品質を優先した姿勢が窺えます。
現在では、このステンレスモールの状態が117クーペの個体評価を左右する要素の一つになっています。
オリジナルの仕上げが残っている個体は、中古車市場でも高く評価される傾向があります。
117クーペが13年間も愛され続けた、量産との闘いと妥協なき美学
117クーペは1968年12月から1981年5月まで、約13年間生産されました。
この長さは異例です。
通常、モデルチェンジは5年から7年で行われますが、117クーペはマイナーチェンジを繰り返しながら13年間作り続けられました。
なぜそれほど長く生産できたのか。
それは、デザインの完成度が高く、時代に左右されない普遍性を持っていたからです。逆に言えば、デザインを変える必要がなかったんですよね。
総生産台数は85549台。
決して多くはありません。
でも、発売から10年経った時点で登録台数の98%が現役だったという記録が残っています。
これは驚異的な数字で、オーナーがいかにこの車を大切に乗り続けていたかを示しています。
ハンドメイド期から量産期への移行で守り抜いたデザイン
1968年から1972年までの前期型は、ハンドメイド・モデルと呼ばれていました。
この時期の生産台数は限定的で、文字通り手作業で組み立てられていたんです。
1973年から量産体制に移行しますが、ここでいすゞは大きな決断を迫られました。
生産効率を上げるためにデザインを簡略化するか、それともデザインを守るために手間をかけ続けるか。
いすゞは後者を選びました。ステンレスモールのヘアライン仕上げ、細いピラー、大きなガラス面積といった特徴は、量産期に入っても維持されています。
- ヘアライン仕上げ
- 細いピラー
- 大きなガラス面積
- 手間を惜しまぬ姿勢
こうした妥協なき姿勢は、コスト面では明らかに不利でした。
けれど量産化の波に飲まれず、デザインの完成度を守り抜いたことで、117クーペは単なる商品ではなく「作品」として成立したわけです。
発売から10年で登録台数の98%が現役だった驚異の耐久性
1968年に発売された117クーペは、1978年の時点で登録台数の98%がまだ現役で走っていました。
これは当時の日本車としては異例の数字です。
なぜこれほど高い現役率を保てたのか。一つは、オーナーがこの車を大切に扱っていたこと。
もう一つは、車そのものの耐久性が高かったことです。
- フローリアンとシャシ共有
- 商用車ベースの堅牢設計
- 派手さより信頼性重視
- 長期使用に耐える土台
117クーペのシャシはフローリアンと共有していますが、フローリアンは商用車ベースの堅牢な設計でした。
派手さはないものの、壊れにくさこそが最大の武器。
こうした堅実な設計思想が、スポーツクーペとしては地味でも、結果的に長寿命を実現する基盤となりました。
加えて、オーナーの多くがこの車を「消耗品」ではなく「財産」として扱っていたんです。
定期的にメンテナンスを行い、部品交換も惜しまなかった。その結果、10年経っても98%が現役という数字に繋がりました。
角目ライトへの変更に隠された米国市場への戦略
1973年のマイナーチェンジで、117クーペは丸型4灯ヘッドライトから角型4灯ヘッドライトに変更されました。
この変更は単なるデザインの刷新ではなく、米国市場を意識したものでした。
当時、米国の保安基準は角型ヘッドライトを推奨していたんです。米国市場への輸出を視野に入れたいすゞは、この基準に対応するために角目ライトを採用しました。
ただ、この変更には賛否がありました。
丸型ライトの方がジウジアーロのオリジナルデザインに忠実だという意見もあったんですよね。でも、いすゞは市場戦略を優先し、角目ライトを採用しています。
結果として、角目ライトは117クーペの後期型の象徴となり、現在ではこちらの方が人気が高いケースもあります。
リミテッドエディションが象徴する「最後まで妥協しない姿勢」
1981年、117クーペの生産終了が決まった際、いすゞは限定モデル「XE-L リミテッドエディション」を発売しました。このモデルは生産終了後に残っていた部品を使って組み立てられた、文字通り最後の117クーペです。
普通、生産終了車は在庫部品を消化して終わりですが、いすゞは違いました。
残った部品を使って、もう一度117クーペを作ろうと決めたんです。
これは単なる在庫処分ではなく、この車への敬意の表れでした。
XE-Lは現在、117クーペの中でも特に希少価値が高いモデルとして評価されています。中古車市場では1500万円を超える価格で取引されることもあり、コレクターの間で高い人気を誇っています。
最後まで妥協しない姿勢が、117クーペの価値を高めたと言えます。
117クーペのデザインが現代の自動車設計に与えている影響
117クーペが発売されたのは1968年ですが、そのデザイン哲学は現代の自動車設計にも影響を与え続けています。特に「静止していても動いて見える」という視覚的な運動エネルギーの考え方は、多くのスポーツカーやクーペに受け継がれているんです。
現代の車は空力性能や燃費を優先する傾向がありますが、それでも「美しさ」を求める声は根強く残っています。
その美しさの原型の一つが、117クーペにあると言っても過言ではありません。
ジウジアーロ作品の系譜で見る117クーペの位置づけ
ジウジアーロは117クーペ以降も数多くの名車をデザインしました。フォルクスワーゲン・ゴルフ、ロータス・エスプリ、デロリアンDMC-12など、どれも自動車史に残る作品です。
でも、117クーペは彼のキャリアの中で特別な位置を占めています。
ギア時代の集大成であり、イタルデザイン時代への橋渡しでもある。彼のデザイン哲学が最も純粋に表現された一台と言えるんです。
- ギア時代の集大成として設計
- イタルデザイン設立後の最初の量産指導
- 日本車で初めて本格的なグランツーリスモを実現
- ジウジアーロのデザイン哲学が最も純粋に表現された作品
後のジウジアーロ作品にも、117クーペで確立された視覚的な運動エネルギーの考え方が引き継がれています。
彼のデザイン哲学の原点を知りたければ、117クーペを見るのが一番です。
昭和の名車が令和でも色褪せない理由
117クーペは生産終了から40年以上経った今でも、旧車趣味界で高い人気を誇っています。
なぜ令和の時代になってもこの車は色褪せないのか。
一つは、デザインの普遍性です。流行に左右されない美しさを持っているため、時代が変わっても古臭く感じない。
むしろ、現代の車にはない優雅さや品格を感じさせるんです。
もう一つは、オーナーコミュニティの存在です。
117クーペを愛する人々が集まり、情報交換や部品の共有を行っています。このコミュニティが車の維持を支え、次世代への継承を可能にしているんですよね。
加えて、117クーペは比較的部品が手に入りやすい旧車でもあります。専門ショップが復刻部品を製造しており、レストアのハードルが他の旧車に比べて低い。
この点も、長く愛され続ける理由の一つです。
いすゞの117クーペを通じて知る、時代を超えるデザインの本質
117クーペを深く知ると、デザインとは何かという根っこの問いに行き着きます。
この車の美しさは表面的な造形ではなく、設計思想の深さにあるんです。
ジウジアーロが117クーペに込めたのは、「視覚的な運動エネルギー」という哲学でした。静止していても動いて見える、光と影が生み出すコントラスト、見る角度によって表情が変わる造形。
これらはすべて計算され、意図されたものです。
時代を超えるデザインとは、流行を追わないデザインのことです。そして、流行を追わないデザインとは、本質を追求したデザインのことなんですよね。
美しさの秘密は「機能と造形の完全な一致」にある
117クーペの美しさを支えているのは、機能と造形が完全に一致していることです。フェンダーのうねりは視覚的な躍動感を生むだけでなく、空気の流れをスムーズにする機能も持っています。
細いピラーは視界を確保し、大きなガラス面積は開放感を生む。
どの要素も、見た目だけのために存在しているわけではないんです。機能があり、その機能を美しく見せるための造形がある。
この一致が、117クーペの美しさの秘密です。
現代の車は機能を優先するあまり、造形が犠牲になることがあります。
逆に、造形を優先するあまり機能が犠牲になることもある。
117クーペは、この両方を高いレベルで両立させた稀有な存在なんです。
現存する117クーペが今も輝き続けている意味
現存する117クーペは、オーナーの手によって大切に維持されています。
中には発売当時のままのコンディションを保っている個体もあり、そうした車は中古車市場でとても高い評価を受けているんです。
これらの車が今も輝き続けているのは、単に古いからではありません。
デザインの完成度が高く、時代を超えても色褪せない美しさを持っているからです。
117クーペを見ていると、「本当に良いものは時代を超える」という言葉の意味がわかる気がします。
流行に左右されない普遍的な美しさを持つ車は、何十年経っても人々を魅了し続けるんですよね。
令和の時代になっても117クーペが愛され続けるのは、この車が単なる移動手段ではなく、デザインという芸術作品だからです。
そして、その芸術性はジウジアーロの設計哲学に裏打ちされているんです。
よくある質問
- いすゞの117クーペは現在でも購入できますか?
-
中古車市場で18台程度が流通しており、価格は144万円から1579万円の範囲です。特にリミテッドエディションやXEグレードは希少価値が高く、高額で取引される傾向があります。
- 117クーペのデザインを手がけたジウジアーロは他にどんな車をデザインしていますか?
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フォルクスワーゲン・ゴルフ、ロータス・エスプリ、デロリアンDMC-12など、数多くの名車をデザインしています。117クーペは彼のキャリアの転換点に位置する作品で、デザイン哲学が最も純粋に表現された一台と言われています。
- 117クーペのハンドメイド・モデルと量産モデルの違いは何ですか?
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ハンドメイド・モデルは1968年から1972年まで生産され、文字通り手作業で組み立てられていました。量産モデルは1973年以降ですが、ステンレスモールのヘアライン仕上げなど主要なデザイン要素は維持されています。生産効率よりもデザインの完成度を優先した結果です。
- 117クーペが13年間も生産され続けた理由は何ですか?
-
デザインの完成度が高く、時代に左右されない普遍性を持っていたためです。発売から10年経った時点で登録台数の98%が現役だったという記録もあり、オーナーが大切に乗り続けていたことも長期生産の要因の一つです。
まとめ:いすゞの117クーペ、デザイン哲学が今も語り継がれる理由
117クーペの美しさは、表面的な造形だけではありません。
ジウジアーロが設計段階で埋め込んだ「視覚的な運動エネルギー」という哲学が、この車の本質です。
フェンダーのうねり、細いピラー、大きなガラス面積。これらはすべて計算され、意図されたもので、機能と造形が完全に一致しています。
この一致が、時代を超えても色褪せない美しさを生んでいるんです。
生産終了から40年以上経った今でも、117クーペは多くの人々に愛され続けています。それは、この車が単なる移動手段ではなく、デザインという芸術作品だからです。
時代を超えるデザインとは、流行を追わず本質を追求したデザインのこと。
117クーペは、その答えを示してくれる一台だと思います。

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